ようこそお越しくださいました。お葬式の裏舞台、わからない事だらけの業界で、日々 奮闘するスタッフ達のブログです。これも何かのご縁です、ゆっくりしていってください。

お葬式日記

面目

面目は日常よく使われる言葉です。
仏教では「めんもく」と読み、人間にとって最も肝心な本性を指しています。
禅宗では「本来の面目」という言い方をし、大切な語となってます。本来の自己、人間の真実の姿、ありのままの姿を意味し、迷いのない汚れのない自己を指しますから、仏性のことなのでしょう。

今の世の中、ありのままの姿を魅せるのは難しく、また恥ずかしという思いから中々表に出る事はありません。本当に過ごしにくい世の中だと思います。その中でも信頼する人には全てをさらけ出すのはとても大切な事だと思いますし、楽だと思います。そういう信頼出来る人がたくさん出来ると良いですね。

N.Y

無事

「無事に終わりました」など「無事」という言葉は日常で良く使われます。

「無事」は元来、仏教語で精神的になすべきわずらいのない状態を言います。

「無事これ貴人なり」と仏典にあります。常識的な思想や分別に基づいて仏や悟りを求めることをせず、ただ人間の本来の姿に徹したそのままの人こそ尊ぶべきだという意味です。

「無事」の対語は「有事」です。事件や事故、核や戦争は「有事」です。
無事は大切ですね。

N.Y

舎利

「舎利」はインド語の「シャリーラ」を音写した言葉です。シャリーラとはもともと身体を意味する語ですが、やがて聖者の遺骨を意味する言葉になりました。お釈迦様の遺骨を仏舎利と言います。

お釈迦様がお亡くなりになった時、その遺体は火葬されました。その遺骨を求め、8つの部族が争いましたが、結局は8等分しました。仏舎利をもらった8つの部族は、それぞれの遺骨を自分の国に持ち帰り塔を建てました。それが仏舎利塔です。

さて大阪市の生野区には「舎利寺」と言う住所があります。もちろんこの舎利はなにかしら関係があると思われます。一度調べてみるのも良いですね。

N.Y

その先には

本日はお通夜でございました。
そこでお寺様より一休さんの話を聞きました。

孫が生まれた人が一休さんに言葉をいただきにに行きました。そこで一休さんからとんでもない言葉をいただきました。それは「親死子死孫死」という言葉です。その言葉をいただいた人は孫が生まれたのに何て言葉を言うのだと怒り帰りました。

しかし、その言葉には何かあると考えました。実は親が死に子が死に孫が死ぬと、順番に亡くなるのはとても喜ばしい事だと気付きました。

親より先に子が死ぬという事はとても辛い事です。順番はありませんがいつまで生きられるのかは誰にも分かりません。

もう一つこんな話もされておりました。「死」は怖いもので皆さんが目を背けるものです。考え方が変われば怖くなくなるとの事です。死の先の目的地を見据える事により「死」が怖くなくなります。
それは日常の生活にも当てはまるかもしれません。目の前の嫌な事ばかりに目を向けるのではなくその先に目を向けて今出来る事をするのが良いと思います。

今何かに悩んでおりませんか?
その先の事に目を向けるとその悩みなんかちっぽけになるかもしれませんね。

N.Y

今を大切に

過去・現在・未来は時の流れを表す日常語です。
仏教ではこれを「三世」と言います。過去は過ぎ去ったもの、現在は生起したもの、未来は未だ来ないものと言う意味です。三世は過去・現在・未来の他にも、前世・現世・後世とも言い、略して「過現未」や「己今当」とも言います。
しかし、これらの言葉には、どこにも「時」と言う語が見当たらないのです。それは仏教では時間と言うものを実体として扱わず、存在するものの変遷として捉えるからなのです。その過程の上に仮に三つの区別を立てているにすぎないと説きます。
仏教はその三世の中でも現在を問題にします。それは過去は現在の原因として、未来は現在の結果としてあるものだから、現在こそ全てだと考えるからです。

やはり現在が大事と言う事ですね。
今と言う時間を大切に。

N.Y
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