ようこそお越しくださいました。お葬式の裏舞台、わからない事だらけの業界で、日々 奮闘するスタッフ達のブログです。これも何かのご縁です、ゆっくりしていってください。

2018年04月

伝える事

先日、お客様にお電話で弊社のキタ店の道を尋ねられました。
最寄の駅からは単純でわかりやすい所なのですが、次にキタ店に行った時、自分の言った言葉通りに歩いてみました。もっと簡単で分かりやすい言い方はないかと思いながら。

後日お客様は無事キタ店まで来られ、事前相談をされたようで、ホッといたしました。

人に何かを伝えるのは難しいですね。特に私は昔から苦手としています。
しかしそうも言ってられませんので、なんでもお答えできるよう、これからも知識と伝達の向上に励みたいと思います。

t.t


この季節は

昨日から雨が降り続いていましたが、少しずつ晴れてきました。
一度、気温が上がると少し肌寒いなっと思っても
薄手のものを羽織るより、つい我慢してしまいがちです。
ゴールデンウイークには急に気温が上がり、半袖の人も
増えてきますが、今年のお天気はどうでしょうか。
お出かけの人は、気になるところですよね。


さて、この季節に急にお葬式に行かなくてはいけなくなった時、
服装に困りますよね。
普段の服装も悩んでしまう季節なのに、
お葬式は、前もって決まっている予定ではありませんので、慌ててしまいます。
暑い季節でも長袖、式のあいだはジャケット着用が基本ですが、
女性でワンピースを着られる場合でも
肘が隠れる程度の長さがよいと思います。
スカートの長さも膝が隠れていればよいのですが、
立ったり座ったりすることが多いのでもう少し長めにしておいたほうが安心です。

以前、叔母が
「結婚したばっかりの頃、膝上スカートが流行していて、
お葬式に行ったときにとっても恥ずかしい思いをした」と言っていました。
今さら聞けないと思っているお葬式のマナーはありませんか。

お気軽にお尋ねください。

ks



おやつと感性と教育

今日は雨模様。
今日は次男坊が、新学期早々に遠足だったそうです。

私が小学生のころ、遠足の楽しみといえば、行き先やお弁当ではなく
「おやつ」だったような。
しかも、当日食するおやつではなく、おやつを買いに行くという行為と、
決められた金額以内に収めなければならないという規制と欲望の間
での葛藤、そして明日まで待たなければならない目前のおやつの誘惑。

遠足のおやつには、小学生がこれからどんどん成長していくにあたって
社会という荒波にもまれる前の、予行演習だと思っていました。

学校教育の中でも、児童自身におやつを買わせる、という行為は私の中では
ある意味至高の教育方法だと思っていました。

ところが、最近はなのか、地域がらなのか、なにか問題があったのか、
私の子供たちが遠足に行くというのに、おやつを買いに行くという冒険に
足を踏み入れていないように感じていました。


やはり、チビらは遠足のためのおやつの買い出しにはいっていないようです。 色々と差別がでてしまい、教育上よろしくないということか、おやつは持参ではなく、 学校が準備し皆が同じものを 適量、差別なく食べてるようにと配慮している様子。 つまり、鉄板ネタである、先生、バナナはおやつにはいりますか?的な教室内の 会話はないということです。 遠の昔にそんなのないわ‼と言われるかもしれません。 いろんな家庭に配慮しているというのは、理解しなければなりません。 でも、おやつにまつわる様々なやり取りというのは、どんな子供たちにとっても、 印象深くいろんな意味でこころに残るものではないでしょうか? なんでもかんでも皆同じ。というようになりたくないものです。                                HO

指名

七年前にご葬儀を担当させていただいたお客様より連絡をいただき、事前相談をしてまいりました。

前回はお母さま、今回はお父様について。

七年経っても、私のことを覚えておられ指名というかたちでのご相談させていただきました。

前回同様、気さくに接していただき安心した半面、身の引き締まる思いでした。

リピーター様特有の緊張感。今回もしっかりと務めていきたいと思います。

s.t

ご縁の糸

先日数珠について調べていたところ、数珠について違った角度からの見方をされた記事を見つけました。
今回はその内容を一部紹介します。

数珠の珠はそのままではバラバラになってしまいますが、中心の紐のおかげで綺麗に整列し輪の形を保っています。

その珠の一つを「自分自身」と見立てると、残りの珠は直接出会う人、少し関わりのある人、会ったこともないけれども縁のある人、これから会う人などと言えるでしょう。とのことでした。

 

確かに自分自身を数珠に例えてみた場合、そういった人々と自分とがともに一つの縁の糸で繋がっているという数珠の形から『自らも生かされて生きている』ということを学ぶことができるのではないでしょうか?

 

私もこれまで生きてきた中で、いい出会い、悪い出会いそれぞれありましたが、今の自分が自分として在るのはやはりこれまで出会った人々との体験・教訓・後悔等があったからだと思います。

 

縁の糸を切ることは簡単ですが、切れた縁をもう一度綺麗に繋ぎ直すことは大変難しいことです。

数珠も人の縁も大切にしたいものですね…

 

RT

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